「ユートピア」としてのミュージアム

トマス・モアの『ユートピア』(1516年)のように、このころのヨーロッパでは理想社会を描く文学作品がいくつも発表されました(ユートピア文学)。大航海時代を反映して、どれも主人公が漂流して未知の新天地を発見した、という設定になっています。それらの土地はいわば理想郷で、当時のヨーロッパの悪弊のない、よく整備されたあるべき国家として描かれます。トマーゾ・アンパネッラの『太陽の都』(1602年)、ヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエの『クリスティアノポリス』(1619年)などがありますが、中でもフランシス・ベーコンの『ニュー・アトランティス』(1627年)は、近代におけるミュージアムの誕生と関係が深いと考えられます。

『ニュー・アトランティス』も漂流の物語で、孤島「ベンサレムの国」が舞台です。漂流者をもてなす無私無欲で豊かな島民から、主人公がこの国について聞いたお話、という設定です。いわく、この国には「サロモンの家」と呼ばれる聖域があり、聖人たちが学問(科学)研究を行っているというのです。それにより人々の豊かな生活や健康が保たれ、この国の繁栄の源となっているのだと。研究施設の中には、果樹園や鳥獣園といったミュージアム的な設備や、歴代の科学者の像やその発明品を展示するギャラリーもあります。サロモンの家は、一種のミュージアムのように描かれているのです。このようなイメージは、多少なりとも、後の科学系ミュージアムの発想につながっていると思われます。

オックスフォード大学のアシュモレアン博物館が開設されたのが1683年ですので、この時代は近代公共ミュージアムの時代に近づいています。ベーコンの科学思想は、その後複数の研究者グループに影響を与え、英国のロイヤル・ソサエティ設立(1663年)の機運を醸成したとも考えられています。科学が注目されていく時代の中で、やがてロイヤル・ソサエティ会員のハンス・スローンによって大英博物館が設立されました(1753年)。