軌道上のミュージアム/アーカイブ構想

日本では地震や洪水などの災害が身近であるため、私たちは地表というのは決して安全ではないことが実感できます。宇宙規模でみても、地表には隕石衝突の恐れが常にあり、恐竜が約6600万年前の巨大隕石衝突で絶滅したことは有名ですし、現代でも地球に衝突しそうな隕石の探索が行われています。そう考えると、一見安全ではなさそうな宇宙、あるいは地下というのは、実際はかなり安定した環境であることになります。

そのため、地上というのは、ミュージアムなどの保存施設にとっても最適な場所とは言えません。本当は地下が最も安全なのかもしれませんが、地下深くまで掘る技術はまだ確立されていないのではないでしょうか。一方で、宇宙空間、特に「浅い」宇宙とされる地球の衛星軌道については、かなり開発されていると言えます。そこで、重要な資料のための保存施設を軌道上に設置するというアイデアが生まれます。

ISS・国際宇宙ステーションを考えれば、国際協力によって居住・実験施設を宇宙空間に置くことは可能なことがわかります。真空や無重力に近い環境を使えば、地上では不可能な、超高性能の保存施設も作れそうです。あとはそのような軌道上の保存施設(ミュージアムあるいはアーカイブ)に何を保存するか、ということになります。最も可能性の高いのは、どうしても地上で劣化をまぬかれず、宇宙空間でしか保存できな資料。また、文化的・宗教的な意味合いが含まれず、世界各国の共通の関心事である資料。それらを選定することになります。

一つの案としては、近代から現在にかけての地球環境を示す標本類を保存し、将来の気候変動に備えるというものです。地球環境が変化すると、過去の生態系は変質し、消滅してしまいます。そのような保存すべき標本類があり、かつ地上での保存が困難な状況があれば、超高性能の保存施設としての軌道上アーカイブを構想する意味があるでしょう。軌道上は、真空に近く、重力もほぼゼロ、超低温も実現可能で、温度変化も抑えることができます。地上では実現しにくい保存環境を実現できるでしょう。

しかし、貴重な資料であればあるほど、軌道上に運ぶ際のリスクは最小限に抑えなければなりません。従来のロケットでは、墜落しないまでも、激しい振動や加速度など、資料にとってリスクが大きすぎます。そのために開発すべきなのが「宇宙エレベーター」ではないかと思われます。以前から技術的に提唱されてはいるものの、観光以外の実用性が見えていないようですが、このような貴重資料の運送であれば、開発に意味が生まれるでしょう。そのほか、無人での保存技術など開発すべき技術は多いですが、現代の技術力があれば、十分可能性があると思われます。何よりも、軌道上アーカイブの開発は、その性格上、軍事やビジネスによる宇宙開発とは一線を画しており、日本も参画しやすい平和産業が形成されることになります。

このような保存施設には当面は展示機能はなく、近代的な意味で「ミュージアム」や「博物館」とは呼べないものですが、いずれ研究者などに利用されたりして、次第に一部資料を公開するなど、多様な機能を持つようになることも考えられます。宇宙時代が進んでいくと、一般の人が訪れることもできるようになっていくでしょう。そのようにして、博物館の新たな未来が展開されていくでしょう。

なお、宇宙空間にミュージアム機能を設置するというアイデアのSFとしては、菅浩江さんの『博物館惑星』シリーズがあります。こちらは、もっと大規模な総合ミュージアムで、キュレーターも常駐しています。そのようなミュージアムとは異なり、ここでは、高性能の保存施設が置ける可能性から、軌道上のアーカイブを考えたものです。