予算削減による最小ピラミッド?

ギザ台地には、最も大きいクフ王のピラミッドのほか、カフラー王、メンカウラー王のピラミッドがあります。この3基の大ピラミッドは、その名前の通り、3代にわたる王の王墓とされてきました。ここでは、王墓説はそのままとし、3基の建築順序について改めて考えてみたいと思います。ここからは、建造物を構造的に分析するというより、「あり得るかもしれない別の視点」ということで、思考実験を共有させていただきたいと思います。

さて、一般的なストーリーでは、最後に建造されたメンカウラー王のピラミッドは、予算などの都合により、規模を大幅に縮小したとされます。確かに、底辺がクフ王のピラミッドの44%程度であり、体積にして実に12分の1程度しかないことになります。現地で前に立ってみると、確かに「小さい」。けれども、そんな「緊縮財政」の建造にしては、つじつまが合わない部分もあります。ギザの大ピラミッドの表面には、かつて白く上質な石灰岩が「化粧板」として付けられていましたが、メンカウラー王のピラミッドの底辺付近の化粧板には、花崗岩を使っていたとされます。つまり、2種類の石の化粧板が使われ、いわゆるバイカラーの、美しく、珍しいピラミッドだったと推測されています。とても硬いために加工に手間がかかる花崗岩をなぜ使っていたのか。単なるデザインの問題だけでは十分説明がつかないところです。

このメンカウラー王のピラミッドの特徴もそうなのですが、一般に言われるように、クフ王、カフラー王、メンカウラー王という順番で1代に1基ずつ大ピラミッドを建造していったというストーリーでは、無理を感じることがあるのです。まず、考えるだけでも途方もない労力とエネルギーが必要です。1基完成したと思ったら、また次、その次もある、というのは、たとえ財力があっても、心理的に相当負担ではないかと思います。しかも、それぞれあの規模です。いかに権威のある王権でも、国民にそこまでのモチベーションを維持させるのは大変でしょう。仮に、そのような建造を進め、王権が疲弊する中で最後に建設されたのがメンカウラー王のピラミッドだったとして、その「豪華」とも言える仕上げには違和感が残ります。

そう考えると、3代の王の歴史はともかく、心情的には3基を同時に計画し、同時に着工するほうがロジスティクス的にも「楽」ですし、関係者(国民)の気分も高揚するように思います。ギザ台地の3基のピラミッドは、当初からのマスタープランに沿って建造されているというのはしばしば語られていることです。3基の位置関係や大きさについては、よく、オリオン座の三ツ星の並び方や明るさを模していると言われます。そして、もし3基同時に着工すると何が起きるでしょうか? 間違いなく起こるであろうこと――それは、桁違いに小規模なメンカウラー王のピラミッドが最初に完成するということです。

クフ王やカフラー王のピラミッドは、メンカウラー王のものに比べてはるかに大規模です。そのため、建造には時間がかかります。そのような中で、既に完成したピラミッドがあるというのは、数十年にわたるプロジェクトの中で、人の気持ちを明るくする効果があるのではないでしょうか? そのため、メンカウラー王のピラミッドは、いち早く祭礼や儀式に使用されたことが推測されます。その祭礼の場を整える素材として、花崗岩の化粧板が選ばれていた可能性があるでしょう。花崗岩は、古代エジプトにおいては、王の永続性や神的秩序と結びついた石であったと考えられています。クフ王のピラミッドの「王の間」を構成する石材でもあり、別の記事でも書いているように、独特の意味を持っています。

このように、ギザ台地の3基のピラミッドは、長期にわたる建造期間の中で、それぞれの役割を持っていたと考えることができると思います。3代の王による建造というのは、実はピラミッドそのものに記録されているわけではなく、「伝承」に近いもののようです。そういった「常識」を一度外してみて、現実的な工程や、人間の心理的な部分から考えてみるということも、新しい知見を得る上で大切であるように思います。

次は、ギザ台地のピラミッド配置が持つ意味について考えてみたいと思います。